内政、外交、軍備拡張、領土要求等々各国の最新状況をここに載せていってね!

凡例

時間軸国名内容
1939年9月1日大ドイツ国ドイツがポーランドに宣戦布告
宣戦事由:ポーランドの自由都市ダンツィヒ割譲要求拒否
1939年9月3日大英帝国イギリスがドイツに宣戦布告
フランス第三共和制フランスがドイツに宣戦布告
陣営:連合国に加盟

1939年前半期

できごと

時間軸国名内容
1939年1月4日大日本帝国第74回帝国議会の開催
昨年12月より開催されていた第74回帝国議会が、三ヶ日を終え再開された。再開後の主な議題は関門海峡及び間宮海峡トンネルの掘削、近隣国との提携強化、陸軍師団増設問題、海軍マル3計画の推進などである。
1939年1月27日アメリカ民主国(GC)
アメリカ連合国
南北戦争勃発
北アメリカにおいて長らく休戦中であった南北戦争が再び始まった。
1939年2月15日大日本帝国陸軍師団増設決議
本日、帝国議会にて「急激ナル國際情勢ヘノ對応ヲ強化スル為」陸軍の機甲師団を現行の4個師団から8個師団へと増加させること、また歩兵師団の一部を支那に出兵させ留守師団を以て新たな歩兵師団を編成することが決議された。
1939年2月28日大日本帝国弾丸列車計画推進決議
本日、帝国議会にて、東海道・山陽本線の急速な需要増加に対応する為帝都より京都、大阪を経て下関に至る新たな標準軌の電化高速鉄道を敷設する旨が決議された。早ければ今年中にも起工される見通しである。
1939年3月6日ノヴゴロド公国陸軍編成改定会議
本日の公国総会において「陸軍の乱雑なる編成の改定」の議題が挙がり陸軍の編成を他国と同じ師団、もしくは余るのなら連隊として編成をするとして決議された。

1939年後半期

できごと

1939年9月4日オスマン社会主義人民共和国第一回全人民代表大会開催
オスマン社会主義人民共和国の今年の国家方針が決定
1939年9月229日ゴールドコースト連邦アメリカ民主国崩壊。連邦内でアメリカの領土分割
1939年10月7日オスマン社会主義人民共和国オーストリア=ハンガリー二重帝国に旧オスマン帝国領の返還を要求する最後通牒。応じなければ12時間以内に宣戦布告すると通達。
1939年10月8日オーストリア=ハンガリー二重帝国旧オスマン領の返還を拒否。
オスマン社会主義人民共和国通牒拒否を理由にオーストリア=ハンガリー二重帝国に宣戦布告。第三次バルカン戦争の開始
大中央帝政連合同盟を根拠に、オーストリア=ハンガリー帝国側として第三次バルカン戦争への参戦を表明。
フランス連邦
インド共和国
1939年10月18日オスマン社会主義人民共和国ヨシフスターリン爆殺事件が発生
1939年11月25日ノヴゴロド公国
大日本帝国
日矗防共協定締結
日本とノヴゴロド間での防共への意思の共通から反共協定が締結された。両国はこれまでも武器のレンドリースを行うなど親密な関係であり、今後の協調が期待される。
1939年11月24日オスマン民主主義共和国オスマン社会主義人民共和国崩壊

1940年前半期

できごと

時間軸国名内容
1940年1月1日オスマン民主主義共和国オスマン株大暴落
1940年1月10日スペイン共和国ゴールドコースト連邦から離脱
1940年1月21日オスマン民主主義共和国第二回全国民代表大会
オスマン民主主義共和国の方針が決定
1940年2月1日オスマン民主主義共和国保守派がメッカでクーデター
1940年2月29日中央アジア連邦労働者中央委員会において国家方針の変更を正式に決定、民主化
1940年3月3日ゴールドコースト連邦第12回大陸会議が開かれた。カリブ共和国をエゾ公国に併合し、国名を神聖エゾ帝國とす。
1940年3月20日神聖エゾ帝國中米(キューバ)で共産クーデターが発生したため鎮圧。
1940年3月27日大日本帝国中華ソビエト共和国に対する要求
大日本帝国は本日、「支那地域の安定の為」中華ソビエト共和国に対し甘粛、陝西両省の中華民国に対する返還と寧夏回族の居住区の独立を求めた。
1940年3月28日大日本帝国ペルシア領東インドへの進駐決定
大日本帝国外務省は、ペルシアにて勃発した内戦に伴う混乱を予期し、江戸時代から続く日本町(日本租界)も多数あり邦人が多く居住するペルシア領東インドへの進駐を、邦人保護を理由に大日本帝国陸軍に求めた。この要求は本日付で帝国議会において賛成多数で可決され、既に宇品より輸送船が出発している。昨日の中華ソビエト共和国に対する要求に続く今回の決議は、膨張的であるとして一部臣民からの否定的な声を多数浴びているが、諸外国は概ね正当性のあるものとして受け止めているようである。
1940年3月29日オスマン民主主義共和国オスマンでオスマン風邪の感染者が1900人を超えたため国家非常事態宣言を発令
1940年4月12日スペイン共和国テキサス共和国に侵攻。テキサス共和国と同盟関係にあった神聖エゾ帝國がスペインに宣戦布告。
1940年4月13日テキサス共和国スペイン軍にダラスを占領される。
1940年4月20日スペイン共和国スペイン領ペルシアでイラン=イラク国が独立を宣言。独立戦争が始まる。スペインは反乱軍を鎮圧する為、軍を送った。神聖エゾ帝國は独立を支持し、義勇軍を送る。
1940年4月24日神聖エゾ帝國澳門の戦い。神聖エゾ帝國、澳門を占領。
1940年4月28日スペイン共和国長引く戦争や不安から革命が勃発。スペイン内戦へと突入する。国内は、スペイン人民軍と共和国軍、政府軍に別れている。
1940年5月1日スペイン共和国次第にスペインが戦況不利になってゆき戦争終結。スペインはテキサス、神聖エゾ帝國に賠償金を払うとともに澳門、アメリカ植民地、タスマニアを手放した。(神聖エゾ帝國とテキサス共和国で分割)
1940年5月3日フランス連邦フランス商人がバルト商人の貿易用の草(意味深)を焼き払う。バルト商人は114514ポンドの賠償金を求めたが、バルト政府は商人に810円の賠償金で済ませるよう通達した。
1940年5月6日スペイン帝国中央帝政の助けもあり政府軍が勝利。スペイン内戦終結。共産主義者をオスマン方面に島流し()。
1940年5月8日フランス連邦フランス連邦軍が突如オスマンから来た留学生を拘束。オスマン政府に対して身代金50兆ドルを請求した。
1940年5月12日フランス連邦フランス内戦勃発
1940年5月19日ノヴゴロド公国
オスマン民主主義共和国
軍事同盟締結
オスマンからの提案によりノヴゴロドはオスマンから7師団の貸し出しを決定し締結をした。
1940年5月21日ノヴゴロド公国陸軍増強会議
本日の公国総会において「陸軍の増強」の議題が挙がり陸軍の数を対カルマルにおいて十分な数とするため決議された。
1940年5月28日大中央帝政連合大中央帝政連合は新皇帝 ルイ・ボナパルトを迎え 国名を神聖ゲルマン・フランス帝国に変更新たな時代の幕開けだ。欧州の力として行くだろう。
1940年5月28日オスマン民主国アドルフ・ヒトラー率いる国粋派が政府へ宣戦し、第三次オスマン内戦
が勃発
1940年5月29日カルマル連合第二次カルマル革命以来初となる第一回人民議会が即日閉会。トロツキー率いるロシア・ソビエト連邦社会主義共和国亡命政府の承認、ノヴゴロド公国との不可侵条約締結などが決定された。
1940年6月1日カルマル連合
ノヴゴロド公国
不可侵条約締結
カルマルからの提案により、ノヴゴロド公国はカレリア地域割譲の対価として、ノヴゴロド・カルマル不可侵条約
の締結と、カルマルがノヴゴロドの軍事通行権を持つことを承認した。
1940年6月12日フランス連邦ボルドー条約締結、サハラ砂漠、バスク地方はスペインに割譲され、フランス東部は大中央帝政連合に割譲された
1940年6月15日カルマル連合
神聖ゲルマニア・フランク帝国(旧大中央帝政連合)
ワルシャワ条約
締結。神聖ゲルマニアからの提案により、相互友好条約がワルシャワにて締結された。この条約で両国は共同してロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の亡命政府を承認し、相互不可侵・独立保障・軍事通行権を承認しあった。また、ゲルマニア共産党(GKP)と共産主義者3万5000人をカルマル連合が受け入れた。
1940年6月16日カルマル連合ゲルマニア共産党の亡命受け入れに伴い、統一派コミューン(EK)、カルマル社会民主労働党(SDLPK)、遊牧民自治コミューン(NAK)、ゲルマニア共産党(GKP)がカルマル人民戦線を結成。

1940年後半期

できごと

時間軸国名内容
1940年7月1日カルマル連合
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
リベリア人民共和国
オスマン社会主義人民共和国
新陣営「コミンテルン」が成立。全世界の左翼政党が加盟できる国際組織としての役割も担う。
1940年7月20日スペインスペインの侵略に耐え兼ねた北アフリカがチュニジア・ローマ帝国として独立を宣言。ポルトガルも同時に独立を宣言した。スペイン政府はこれを押さえるため軍隊を動かそうとしたがマドリッドでコミューンが発生。これにより第三次スペイン内戦が幕を開けた。
1940年7月29日スペインポルトガル、チュニジア・ローマ帝国連合はコミューンとの統一戦線に合意。
1940年8月5日スペインスペイン政府は劣勢になったため一時停戦を要求。ポルトガル、チュニジア・ローマ帝国はこれを承認。内戦一時終結。
1940年8月1日コミンテルン
大帝国同盟
新陣営パシャン条約機構の設立。コミンテルンと大帝国連盟の陣営統合による。コミンテルンは全世界の左翼政党が加盟する国際組織としてのみ存続。
1940年8月6日オスマン民主国スエズ運河の拡張工事を開始
1940年8月7日フランス連邦王政が打倒され、新たにド・ゴール大元帥率いる共和政フランスが建国される。
1940年8月27日カルマル連合
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
首都マルメで反軍クーデター発生。レフ・トロツキーが⛏で暗殺される。ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の事実上の解体。
1940年9月1日オスマン民主国オスマンは以下の国家への石油、金、鉄の輸出を禁止した大日本帝国、ハワイ王国、インド共和国、ロシア共和国、フランス連邦、中ア連、ノヴゴロド、ペルシア、中華民国政府が対象
オスマン民主国フランス、ノヴゴロドのスエズ運河通行権を剥奪

1941年前半期

できごと

時間軸国名内容
1941年1月1日オスマン民主国長距離弾道ミサイルの実験に成功
1941年2月1日リベリア人民共和国軍事クーデター。国軍が軍事政権樹立派としてリベリア社会主義共和国成立を宣言。人民革命党書記長が殺害されて内戦が勃発。カルマル連合が人民共和国側で参戦。
1941年2月7日カルマル連合
リベリア人民共和国
カルマル連合が短距離弾道ミサイルの開発に成功し、リベリア社会主義共和国首都を目標地点としたミサイル発射実験を敢行。実験は成功し、短距離弾道ミサイルはカルマル連合の兵力の一部となった。
1941年2月25日カルマル連合グスタフ・エミール・カールセン大統領が暗殺される。積極攻勢派軍部の暴走によるもので、NVPにより軍部粛清が行われた。後任の大統領には文民統制・武装中立・平和主義を掲げるマルグレーテ・フォン・オルデンブルグ大統領が就任。オルデンブルグ同志はカルマル初の女性大統領かつ、社会主義政権下では初の旧王家出身者(カールセン大統領は準貴族家出身)。
1941年3月1日オスマン民主国原爆の実験に成功
1941年3月24日ノヴゴロド公国議会の強行採決に反発したジャイエント伯の反乱、ピャリツァ戦争
が発生した。
1941年3月25日オスマン民国気化爆弾をテッサロニキに投下
1941年3月25日ノヴゴロド公国強行採決という愚を行ったアバーエフ公を公から降ろす議決に置いて可決、アバーエフ公は退任した。同時に混乱を抑える為に現在の伯、議員による伯議員同盟の成立を宣言した。
1941年3月26日ノヴゴロド公国議会の停止を宣言。
1941年3月27日ノヴゴロド公国陸軍総司令(陸軍尚書)の退任決議において可決。尚書は退任された。
1941年3月28日ノヴゴロド公国1部の伯によるルートによりジャイエント伯に罪を問わない事を条件に帰属をするよう通達。
1941年4月8日ノヴゴロド公国ジャイエント伯は帰属を了承。これによりピャリツァ戦争
の幕は閉じた。
1941年4月9日神聖エゾ帝國原爆実験成功
1941年4月16日カルタゴ帝国第26回帝国議会が行われる
1941年5月26日アメリカ連邦原爆実験成功

1942~1944年

この頃第一次世界大戦?が起きるが、情報がまとまっていない。

1945年

時間軸国名内容
1945年1月1日自由トルコ民主国赤外線誘導型ミサイルの実験に成功。議会解散命令
1945年12月18日カルマル連合
パレスチナ人民共和国
ユーラシア=レーテ共和国連合結成

1948年

時間軸国名内容
1948年5月18日フランス大麻の輸出防止を目的にバルト連合公国に宣戦布告。バルト連合公国は自由主義連合に加盟。
1948年5月20日ロシアツァーリ帝国清、ユ連国境で国境紛争
1948年8月25日フランス軍備拡張計画発表
1948年9月7日フランス旧ナバラにて反乱が発生
1948年9月8日フランス仏領ナイジェリアにて反乱が発生
1948年9月11日カルマル連合バルト連合に宣戦布告
自由連合加盟国カルマルに宣戦布告
ロシアツァーリ国カルマル連合に最後通牒、カルマル連合はそれを拒否。カルマル連合に宣戦布告
テュルク=ペルシア二重連邦フォスフォル友好記念大橋に原爆投下
1948年9月15日アメリカ連邦ロシアツァーリ国に宣戦布告
ロシアツァーリ国自由連合加盟国、清、ドイツに参戦要請
日本、テュルク=ペルシア二重連邦、大清、ドイツ参戦要請を受諾、アメリカ連邦に宣戦布告
1948年9月15日ユーラシア連邦ヴェーラ・ザスーリチ連邦大統領兼メンシェヴィキ指導者(1848〜1948)が老衰により逝去。後任には、アレクサンドル2世暗殺の功績をもつヴェーラ・フィグネル社会革命党議長(1852〜)が就任。
1948年10月16日ロシアツァーリ国ロシア帝国憲法第21条により、衆議院議員を解散した、40日以内に衆議院総選挙を行う
1948年10月20日ロシアツァーリ国不朽の自由の作戦を発表しサウジアラビアに宣戦布告
1948年11月21日ロシアツァーリ国大統領制を採用
1948年11月30日ロシアツァーリ国1ヵ年計画を開始
1949年2月5日イタリア、フランス、ロシア戦争勃発

1950年

1950年1月1日ロシアツァーリ帝国スプートニク計画を発表
1950年1月3日ロシアツァーリ帝国衆議院議員総選挙
1950年1月5日ロシアツァーリ帝国ニコライ3世が老衰により死去、次期皇帝は皇太子のウラジーミル・キリロヴィチが皇帝になる
1950年6月7日イタリアイタリア発のロケット、R-05を発射

1959年

時間軸国名内容
1959年2月1日ユーラシア連邦連邦人民議会で社会主義市場経済導入や共和派右派のカルマル国民党合法化などを含んだ「連邦自由化法」が可決
1959年2月16日カルマル連合人民議会選挙。与党のカルマル人民戦線が圧勝したものの、与党内では穏健左派のカルマル社会民主労働党が大敗、合法化されたばかりのカルマル国民党が議会第3党にまで躍進した。
1959年2月17日リベリア人民共和国 リベリア民主人民連邦共和国リベリア人民共和国がリベリア民主人民連邦共和国憲法を制定し、リベリア民主人民連邦共和国が成立。
1959年2月18日ユーラシア連邦連邦政府が大日本帝国連邦を国家承認。日本人民共和国の承認取り消し。日本人民共和国政府主席の志賀義雄が日本共産党より除名され、日本革命的共産主義者同盟を設立。赤色テロルの危険性増大。日本共産党議長に宮本顕治が就任。
1959年2月19日ロシアツァーリ帝国スプートニク計画の実行日の見直しを宣言。
1964年5月25日イタリア世界初の宇宙有人飛行を達成
1966年2月10日イタリアディアーナ計画始動

1969年

時間軸国名内容
1969年4月1日ロシア・ツァーリ民主共和国連邦ロシア連邦建国
1969年8月5日バルト連合公国国家元首であるアドルフ・フリードリヒ侯爵が死去、長女のヴォイツラヴァ=フェオドラが国家元首に

1970年

時間軸国名内容
1970年1月2日ユーラシア連邦構成国のカルマル連合で統一派コミューンが与党二党を吸収してカルマル統一共産党を結成。
1970年1月2日イタリアイラク周辺海域及び空域を閉鎖
1970年1月3日ユーラシア連邦中距離弾道ミサイル(射程4500km)シリウスの発射実験に成功
1970年1月4日アステーカ帝国
日本
日栖不可侵条約締結
1970年1月6日イタリアサジタリアス号の発射にて世界初の有人宇宙飛行達成
1970年1月25日バルト連合公国国家元首のヴォイツラヴァ・フェオドラが憲法改正をし、議会制君主主義国家となると声明。建国以来初の憲法改正
1970年1月28日ユーラシア連邦構成国であるベネルクス評議会民主連邦のアムステルダム科学技術アカデミーで上級研究員を務めるエレン・ヘンドリクス氏が太陽電池量産手段を確立。
1970年1月29日ユーラシア連邦カルマル戦略ロケット軍が、連邦戦略ロケット軍の助力なく単独で、VX弾搭載短距離弾道ミサイル「プロメテウス」の発射実験に成功。
1970年2月1日イタリア王国、エイルシュタット公国イタリア王国とエイルシュタット公国間で不可侵条約を締結。栄伊不可侵条約が誕生。
1970年2月2日ロシア民主共和国連邦2月革命/モスクワの屈辱で第二連邦共和国を宣言
1970年2月13日神聖エイルシュタット公国ニュージーランド地方北島にアナハイム社、プレーンメタル社、ハイウェル重工業、の3社が合同でロケット発射場の建設を決定。
1970年2月16日人民コミューン連邦コミンテルン加盟が承認される。
1970年2月23日ユーラシア連邦国内主要幹線鉄道の電化・複線化が完了した。又スカンディナヴィア本線(1959年電化)の高速化と複々線化も完了した。
1970年2月24日イタリアオーストラリアにてSR-64の速度実験がなされ3526km/hを記録し世界記録となった。
1970年2月25日ロシア民主共和国連邦セヴェロゼメリスキー・ガスダールストヴェンニ・プリロドニ・ザカスニクで水爆の実験
第34回ロシア連邦議会が緊急招集される
1970年2月25日イタリアイタリア国家警察軍がエイルシュタット空軍ミラシェコ・ロッツ中佐を情報漏洩の疑いで拘束
1970年4月1日イタリアディアーナII発射
1970年4月25日バルト連合公国建国以来初めての議会選挙が開始
1970年5月3日バルト連合公国議会選挙で連合民主党が勝利
1970年5月30日イタリアディアーナIII発射
1970年8月12日ユーラシア連邦水爆実験に成功し、既に開発していた4発を正式保有。
1970年8月15日アステーカ共和国コミンテルンに加盟。
1970年8月17日イタリアディアーナIV発射
1970年8月19日ロシア民主共和国連邦スプートニク気鯣射
1970年8月19日イタリアサジタリウス10号を発射
1970年8月20日ロシア民主共和国連邦21人裁判
1970年8月23日中央ローマ帝国イタリア連邦王国改名式、晴天に恵まれたローマの元、ウンベルト二世により国名が中央ローマ帝国と改名された。その後ドゥーチェイタロボルバ時が演説をし「当たらなるローマ帝国の躍進がこの世界を牽引するのだ。」とし会場中にローマ式敬礼と勝利万歳の声で埋め尽くされた。その後各国の代表の短い挨拶が続き、ローマの街を新ローマ帝国軍が盛大なるパレードを催し、道路は陸軍 海兵隊の行進、空は海軍空軍機による華麗なアクロバット飛行が披露された。これは新ローマ帝国の始まりの日であった。
1970年8月24日エイルシュタット公国ニュージーランド地方北島、イーストハーバーリージョナルパークにアナハイム社、プレーンメタル社、ハイウェル重工業、の3社合同事業のアルテミス計画の為、ロケット発射施設が建設された。
1970年8月26日リベリア民主人民連邦共和国エマ・ジョンソン大統領が就任。リベリア初の女性大統領。
1970年8月28日オーストリア=ハンガリー帝国中央ローマ帝国から離脱し、再び独立した。
1970年8月29日オーストリア=ハンガリー帝国長らく開催されなかった第一回連邦選挙が行われた。第一回選挙は連邦立憲君主党が勝利、フランツ党首が首相に就任した。
1970年8月30日ローマ帝国、テュルク=ペルシア二重連邦テュルク=ペルシア二重連邦及びローマ帝国は本日、イラクに対して完全なる閉鎖政策を実施することを発表した。以後イラクに対し陸海空あらゆる手段での人の移動及び物資の貿易、移動を禁止した。
1970年8月30日ローマ帝国、テュルク=ペルシア二重連邦また同日、ローマ帝国・二重連邦間で協議が行われ、アナトリア・東トラキア間での実効支配領域の相互承認、相互の国境画定意思の確認が行われ、さらにコンスタンティノープル(欧州側/ローマ領)及びイスタンブル(アジア側/二重連邦領)を二国間のみで経済特区に指定する「コンスタンティノープル=イスタンブル経済連携協定」が締結された。
1970年9月3日神聖エイルシュタット公国ニュージーランド地方北島のロケット発射場にて技術実証試験型ミノフスロケットを発射。試験は無事に成功し、宇宙空間にロケットが到達することができた。ロケットはある情報をフラナガン宇宙開発機関基地局に送信後、そのまま大気圏に突入し燃え尽きる予定である。
1970年9月4日大ルーシ合衆国本日、国名改定式がモスクワで行われ、戦勝1周年を祝うとともに、連邦議会で「ルーシ合衆国憲法」が正式に上下院の同意書が発行されゴルバチョフ大統領が国名を「大ルーシ合衆国」に変更、大統領演説で「神は我々ルーシに宿っている。神よ合衆国を護り給え。」とし、モスクワのクレムリン中にУра!!という軍人の声が広がった。そのあと合衆国空軍によるアクロバット飛行や、ヘリによる演出が行われた。これにより新しいロシア時代の幕上げだという大見出しで新聞の号外がだされた。
1970年9月8日スペイン共和国、エイルシュタッ公国相互不可侵条約を締結
1970年9月10日ローマ月への無人着陸機を発射
1970年9月20日ユーラシア連邦準ICBM「ウラヌス」発射実験に成功
1970年10月10日ユーラシア連邦SLBM「マクロス」発射実験に成功
1970年10月20日ユーラシア連邦ICBM「ウラヌス2(射程6000km)」発射実験に成功
1970年12月24日ローマ月への有人着陸成功
1970年12月27日神聖エイルシュタット公国ニュージーランドにあるロケット発射センターより、人工衛星搭載新型M-3ロケット、ラナ号A型を発射した。
1970年12月30日神聖エイルシュタット公国ブラジル地方第二総司令部(ジャブロー基地)より衛星搭載M-3ラナ号B型が発射された。
1970年12月30日ユーラシア連邦ICBM「ウラヌス3(射程7500km)」発射実験に成功
1970年12月30日ユーラシア連邦試験用人工衛星「ローテファーネ」打ち上げに成功

1971年

時間軸国名内容
1971年1月10日神聖エイルシュタット公国午前10:30、第二総司令部第三管区ブラジル地方トカンティンス ポンテ・アウタ・ド・トカンティンス付近にて、核分裂を利用した兵器による軍事的地下実験を実施。これにより最大マグニチュード6.2の地震を観測した。
1971年1月23日大ルーシ合衆国単一国との不可侵条約を自動延長しないことを通達した
1971年2月23日コミンテルン
ユーラシア連邦
アステーカ共和国
人民コミューン連邦
ユーラシア連邦大統領のマリア・アーデルベルト・カールセン氏が「世界共和国連合」陣営創設を発表。共和制国家と共和派政党が連帯して君主制国家に対峙し、共和制国家の増加を目指すと宣言。共和制国家のイデオロギーは問わないとしている。コミンテルンは世界共和国連合陣営の社会主義部門として統合された。
1971年2月24日大西洋連合国世界共和国連合に加盟。
1971年3月18日ユーラシア連邦
日本民主連邦共和国
大連市を臨時首都とする日本民主連邦共和国が建国され、即日ユーラシア連邦に加盟する。大連市を領域とする日本民主共和国、大連市を除く遼東半島を領域とする満州民主共和国で構成される。
1971年4月1日オーストリア=ハンガリー帝国ウクライナ県を返還した
1971年4月5日オーストリア=ハンガリー帝国ヒーツィンク発射場からロケットを発射し、月面着陸に成功した
1971年5月3日ローマ月拠点製作のため2発のロケットを月へ発射
1971年5月24日日本民主連邦共和国平塚らいてう連邦主席が死去。
1971年5月25日日本民主連邦共和国市川房枝氏が第二代連邦主席に選出される。
1971年6月10日日本民主連邦共和国市川房枝氏が連邦主席を退任。九津見房子氏が第三代連邦主席に選出される。
1971年6月15日ユーラシア連邦1980年までにCO2排出量を35%削減することを宣言した「脱炭素社会実現のための連邦人民宣言」を発表。
1971年6月26日神聖エイルシュタト公国第四総司令管区が海中地下小規模核実験を南太平洋にて実施した事を発表
1971年6月30日ユーラシア連邦「反共主義」を唱えるテロリストが、教化刑に処された。対象はクーク・アン・ソーコウ被告、カツラ・リカルド被告、テ・ネール被告、ハッタ・ヒール・オフミ被告。
1971年7月7日ユーラシア連邦「反共民族同盟」のテロリストがカールセンシュタット国際港で銃乱射テロを起こすも、最高幹部のナーメ・コーン事務局員が逮捕され、残り5人は射殺された。
1971年7月30日ローマウクライナ共和国独立
1971年7月31日オーストリア=ハンガリー帝国ウクライナ共和国を承認、大使館を開設
1971年8月8日全ロシア=レーテ連邦
ユーラシア連邦
ウクライナ共和国の連邦離脱を承認

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