チハの架空国家Wiki - 九七式中戦車
九七式中戦車 チハは、1930年代後半に開発された大日本帝国連邦陸軍の主力中戦車。その基礎設計の優秀さから多くの派生型が生まれ、初期量産型の配備から20年以上経過した現在でも改良型が現役で使用され続けている。

概要

1936年(昭和11年)、日本陸軍において歩兵の直接支援のための戦車として開発が開始された。新型中戦車の開発に当たっては速度性能、車体溶接の検討、避弾経始(原文表記では緩角傾始)を考慮した車体設計など防御性能の向上が求められたが、当時の道路状況、架橋資材その他の状況から車両重量増が最大のネックとなった。重量増を忍び性能の充実を求める声と、防御・速度性能を忍んでも重量の逓減を優先する意見の双方があり、双方のコンセプトに沿った車両を試作し比較試験することとなった。主砲についてはどちらも八九式中戦車の主砲と同等とされた。

陸軍技術本部は、前者を甲案(後のチハ車。予定重量13.5トン)、後者を乙案(後のチニ車、予定重量10トン)として設計を開始した。甲案は砲塔に2人が配置され、八九式中戦車と同じく車載機関銃は2挺とされた。対して乙案は砲塔は1人用に小型化され後部機関銃は省略、車載機関銃は車体前面の1挺のみとされた。甲案(チハ車)の砲塔自体の容積は八九式中戦車とほぼ同等であり、戦闘室容積も同様であるが、砲塔中径(ターレットリング径)には余裕を持たせており、将来の主砲の大口径化による砲塔換装が考慮されていた。

設計案の検討時点では、参謀本部側は甲案の12トン程度への軽量化を要求したものの、技術本部からの不可能との回答を得て、性能差を忍び乙案を大量配備する方針に転換した。性能差は配備数の増加で補えるという意図であるが、同時に甲案の開発継続も要望してもいる。これに対して陸軍戦車学校側は2人用砲塔の甲案が絶対的に優位としていた。装甲・速度性能に関しては乙案でも許容可能だが、戦闘力発揮のためには2人用砲塔が必須との主張であった。一方、新戦車の開発は急がれており、結果的に妥協点を見出せないまま双方を試作して検討する形になってしまう。この混乱が後の試製九八式中戦車チホの開発の一因とされる。

1937年6月にチハ試作車2輌が三菱重工により完成した。チニ試作車は1輌が陸軍造兵廠大阪工廠により試作された。チハ試作車は予定重量13.5トンに収まったが戦車学校の追加修正を加えた結果、最終的に重量は15トンとなった。チニ試作車は予定重量以下の9.8トンに収まった。

チニ車とチハ車の試験の結果はどちらもおおむね良好とされたが、最終的にはチハ車が制式採用され、チニ車は試作のみで中止されることになった。比較的高価、かつ大重量な本車がチニ車を抑えて採用されたのは支那事変により軍事予算全般に余裕ができたのも一因とされる。

生産には三菱重工、相模陸軍造兵廠、日立製作所の他、日本製鋼所、日野重工、小倉陸軍造兵廠などが関わっている。

派生型

一式中戦車 チヘ

制式採用直後の第三次バルカン戦争にて生起した戦車戦の戦訓や、日本が参戦した支那事変の戦訓などにより、現行の歩兵用速射砲であった九四式三十七粍速射砲?やチハ車の装備する歩兵支援用の57mm砲では敵戦車に対応し難いということが明らかになり、新型砲が開発されることになる。こうして1941年、37mm速射砲の口径を拡大し手直しを加えた一式四十七粍速射砲?が制式採用された。この砲を搭載し、それに対応した1941年以降の量産車を「一式中戦車(チヘ)」と呼称する。ただし九七式中戦車改(チハ改)と俗称された。

四式中戦車 チト

一式四十七粍速射砲の採用はあくまで繋ぎに過ぎず、帝国陸軍内では口径57mmの新設計の速射砲を本命と見ていた。この四式五十七粍速射砲?を搭載し、車体を少し拡大したものがこの「四式中戦車(チト)」である。装甲厚も増し、発動機も見直されたこの戦車は実質チハとは別物といえるが前線では九七式中戦車改二(チハ改二)と俗称された。1940年代も終わるころには主力は六式重戦車に移行したものの、改修を重ね現在でも運用している部隊もある。

二式砲戦車 ホイ

チハを対戦車戦闘を重視した中戦車へと改修した結果、本来の開発目的である歩兵直協を行う戦車が存在しない事態となった。このため開発されたのがこの二式砲戦車(ホイ)である。これは主砲に九四式山砲?を改良した九九式七糎半戦車砲を搭載し直接射撃による歩兵直協を目的としたもので、本来の目的のほか前線では曲射を行う砲兵的運用も行われた。

四式自走砲 ホニ

それまで機甲部隊の砲兵部隊には機動砲と呼ばれるゴムタイヤを装着した野砲や榴弾砲を牽引車で牽引したものを配属していたが、戦車や歩兵輸送車の能力が向上するにつれて部隊への随伴に支障を来すようになった。そこで砲兵部隊の主力である十糎軽榴弾砲と十五糎重榴弾砲を自走化して配備することとなった。このうち十糎砲を装備した自走砲が本車である。

五式自走砲 ホロ

前述の経緯により機甲部隊の砲兵連隊を自走化するため開発された自走砲のうち、十五糎砲を装備するものである。本来曲射による制圧射撃をその任務とするが、成形炸薬弾(タ弾)を用いた対戦車攻撃に駆り出されることもあった。中には十五榴の代わりに十加(九二式十糎加農)を装備するものもあったが、反動の大きさや車体の不安定さなどにより少数にとどまった。

特三式内火艇 カチ

九五式軽戦車?を基にした特二式内火艇?に引き続き、強襲揚陸作戦に投入することを目的とした陸海共同開発の水陸両用戦車である。本車は強襲揚陸艦や戦車揚陸艦からの発進のほかに潜水艦からの発進も想定しており、柔軟な運用が可能となっている。